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福岡の名称の由来
黒田長政の筑前入国
1600年(慶長5年)、関ヶ原の戦いで東軍の勝利に貢献した黒田長政は、徳川家康から筑前国(現在の福岡県)を与えられ、当地に入国しました。
名島城から福岡城へ
黒田長政は当初、前領主・小早川秀秋が居城としていた名島城(現在の福岡市東区)を拠点としました。しかし、城下町が手狭であったことから、新たな居城を築くことを決意します。
黒田長政は7年の歳月をかけ、現在の福岡市中央区に新たな城を建設しました。この城は、黒田家のゆかりの地である備前国邑久郡福岡(現在の岡山県瀬戸内市長船町)にちなんで「福岡城」と名付けられました。
福岡と博多の発展
福岡城の築城に伴い、城下町として「福岡」が形成されました。一方で、中世から貿易都市として栄えていた「博多」は、商工業の中心地として重要な役割を果たしました。
この福岡城下町と博多が一体となることで、福岡藩の商工業は大きく発展し、現在の福岡市繁栄の基盤が築かれたのです。